ゴルフを楽しむために
PETER'S GOLF MANNERSピーターたちのゴルフマナー
「ピーターたちのゴルフマナー」から、5つの名言をご紹介いたします。
(著者:鈴木康之 発行者:木村玄一 発行所:ゴルフダイジェスト社)
君がきた時よりもいい状態にしてコースから立ち去れ。
ピーター・ヘイ
ショットの痕跡を残さないのが、ゴルフコースの使い方である。
痕跡をつくったら、できるかぎり丁寧に修復しなければならない。他人が修復し忘れたものも、見つけたら直すことがだいじである。ディボットや折れた枝が落ちていたら、拾ってあと始末しよう。ゴルファーのコースへの感謝と愛情、あとからくるほかのゴルファーへの友情である。
ピーター・ヘイ(1885〜没年不詳)
スコットランド、アバディーン生まれ。リンクスのお殿様と呼ばれた。
晩年をペブルビーチGCの名物プロとして過ごしたが、不作法なプレーヤーを厳しく叱っただけでなく、ギャラリーの観戦態度にも厳しい目を向けて指導し、ボビー・ジョーンズから、「世界でもっとも偉大なゴルフ・マーシャル」なる賛辞を贈られた。
ボールを拾いあげるときにどれだけカップの近くを踏まないようにするかを見ると、そのプレーヤーが、どれだけ思慮深く、思いやりのある人であるかがわかる。
ハービー・ぺニック
全米でベストセラーになった「リトルレッドブック」の中の一節。
カップの至近に踏み込んだとき、そこがどうなるか、後からくるプレーヤーの、カップに寄っていくボールがどうなるか、その想像力と思慮のだいじに厳しい目を向けた名言である。カップの縁ぎりぎりに寄せて入れるパッティング打法を説く人だっただけに、意味が深い。
ハービー・ぺニック(1904〜1995)
テキサス州オースチンCCの神話的なゴルフ指導者。
95年マスターズの前々週、病床のハービーは訪ねてきた教え子ベン・クレンショーに最後のレッスン。翌週静かに天に昇った。その次週ベンは亡師の幻を15本目のクラブとしてバックに入れて勝ち、オーガスタの18番グリーンで感極まって泣き崩れた。
PLAY FAST
白洲次郎
自筆文字でTシャツにプリントした言葉。
「速くプレーせよ」だが、この人の言葉だから「さっさと打て」のニュアンスになる。ひとりのスロープレーは、その迷惑が後続の組に延々と伝わる。後続の組がきていないときでも、同伴競技者のテンポを乱す。さっさと打たないと、待っているボールも怒ってつむじを曲げる。
白洲次郎(1902〜1985)
宰相吉田茂とともに民主国家日本の1ページ目にその功績を記される人である。
身だしなみも英語もゴルフもケンブリッジ仕込み。晩年を新軽井沢CC(現軽井沢GC)の理事長として君臨、無作法者は容赦なく叱責した。T総理やN総理に勝手なプレーを許さなかった逸話は有名。日本のゴルフ史に快哉を残した。
ゴルファーはマナーが第一。
スコットランド古諺
英国の古諺”Mannaers maketh man"になぞらえたもの。
英国のある名著にはこの古諺を題名にした一章があり、「エチケットとマナーズがルールと同じくらいに必要な原因は、他のプレーヤーがコースを使用する権利と便宜に対する心なきプレーヤーの無関心、無知、自分本位、うかつなどによる思いやりの欠如である」と著されている。
故摂津茂和の名著『不滅のゴルフ名言集』からの抜粋引用である。同書の中でこの古諺は、かつてのR&Aのルール委員長ジョン・ロウの次の言葉も添えて紹介されている。
「マナーズは発祥のときからルールに優先する道徳的至上命令であって、もしこれがなかったら、ゴルフは今日のような世界的に偉大なゲームとはならなかったであろう」。
郷に入れば郷に従え。
ゴルファーは Play the ball as it lies. の渡り鳥だ。
ピーター・テラバイネン
『チョイス』誌に連載されたツアーレポートの一文。
いかなる現実をも受容し、尊重し、それに対応するのがゴルフ。仏教の金剛経の一節「應無所住而生其心」に通じる。これが自分の境地だと腰を据える心がなくては、与えられた現実にあるがままに即応して生きることはできない、という教義である。ゴルフでも、自己主張は自他の邪魔になる。
ピーター・テラバイネン
1956年マサチューセッツ生まれの米国人プロ。欧州を中心に世界6ツアー、30ヵ国以上を転戦。
独自の生き方がM・バンバーガー著『リンクスランドへ』で描かれた。1997年来日。日本オープン・チャンピオンとなって、ファンを喜ばせた。中国人で仏教徒の妻、娘とシンガポールに在住。東洋の心の持ち主である。